2***年と言えば、今から二十年ほど前のことになるだろうか。
その時俺は生まれてなかったし、それどころかタネさえできてなかっただろうと思う。
しかしそんな大昔の出来事が未だに――俺をここに縛りつけているのだ。

始まりはあるニホンの研究チームが発表した一つのレポート。それを発表した当時の奴らは、きっとそれがこれほどまでに血を流させるものになるとは思ってもなかったろうな。

そしてそのレポートは、世界中でセンセーションを巻き起こした。おめでとう!…くたばりやがれ。俺はそのレポートについて一字一句漏らさず知っている癖に、奴らにあったことも現物を見たこともないんだが。


そのレポートのテーマは

『殺人鬼に特有の遺伝子配列について』。

人類を震え上がらせたこれまでの数々のサイコパスは、みんな同じ配列をその中に含んでいたなんてぬかしたんだ。

一見血迷い事/戯言/人種差別/キ〇ガイとも取れたその記事は、発表当時センセーションゆえに酷いバッシングを受けた。連日メディアはそのレポートを取り上げ、お偉い方々の侮蔑に満ちた見解がつらつらと並べられた。


しかし人々の漠然とした嫌悪感も――ピークを越えれば薄れ始めた。

『自分が巻き込まれさえしないなら、殺人鬼なんか死んだほうがいい。』『危険予防のために区別できればサイコーだ。』

段々とそのレポートを信仰する人間も増え始め、世界はそれを素晴らしいものとして押し上げ始め――


レポートの公表から数年後。ニホン政府はとんでもない法案を打ち立てた。
その名称は『国家安定自治法案』。

略称で国安法と言われたその法案は、名前だけではどんな法案か判らないだろう。
その法案は、ありとあらゆる全ての番組でラジオでネットで、世界同時中継で発表された。
厳粛とも言える表情で当時のニホン国内閣総理大臣が告げた法案の内容は、今から思えばただのキ〇ガイの台詞だったろう。
しかしその法案は、満場一致で可決され、国民たちはその法案を熱烈に歓迎した。
内閣総理大臣の話した内容のあらましはこうだ。


『生後すぐの赤ん坊を遺伝子鑑定にかけ、殺人遺伝子を持つ幼児を国家が徴発し、国家の安定した自治に役立てる。』

どんな親だって殺人鬼を育てたくはないし、どんな友達だって殺人鬼と肩を並べたくはないものね。
そしてその翌年からその法案は施行された。しかし殺人鬼の遺伝配列なんてそうあるものではなく、見つかったのはたったの数名。痺れを切らした政府は5歳までの子供に調査対象を変更し、そして数十名の『殺人鬼予備軍』を得た。
その子供たちがどうなったかって?……散々さ。
子供たちは国営の孤児院に集められると、朝から晩まで、いつか来るであろう戦争で役立つ知識を叩き込まれた。実戦演習と言う名目で、子供たちが殺し合う毎日。大人たちは誰も止めなかったよ。だって殺人鬼に人権なんかないものね!


そして法案施行から20数年後。
満をじしてニホンは世界と開戦した。
その子供たちの部隊は国家によって、『#4』と死番を名付けられた。駆り出されるのは勿論、死の約束されているような危険な土地だ。だって子供たちは人間ではないから、人道的配慮は必要ない。子供たちは言うならば殺人機械――たった一人で一個の完成された凶器なのだから。誰が銃器をナイフを、我が子のように可愛がる?


そして俺、『如月』ユーゴは、#4第四世代の一人として、この戦場に生かされていた。

[newpage]

「……起きろ、ユーゴ」

言葉と共に誰かの手が肩に触れて、俺は跳ね起きた。寝起き良く躾るのは軍隊のたった一つの美徳だ。
俺は枕の下に手を突っ込むと――その下に隠してあるナイフを掴み――それを声へと振り下ろした。しかし手応えはなく、振り下ろしたナイフはベッドへと突き刺さった。直ぐ様ナイフから手を離して、ベッドの脇の銃を手に取る。

「ユーゴ、ストップ!俺が悪かった、触って悪かった」
「……誰だよ」
「声でわかんないか?」
「―――クロエ?」
「わかったんなら銃を下ろしてくれ!寿命が縮む!」

…なんだ、クロエか。俺は銃をベッド脇に元通りに置くと、二段ベッドの下の段から這い出した。

「ユーゴは本当に……理想的な兵士だ」
「ありがとう?」
「まあ、誉め言葉と受け取ってくれても構わないけどさ……心臓に悪い」

俺を起こした同室の西園寺クロエが、呆れたような溜め息を吐いた。こいつはちなみに二段ベッドの上の段を占拠している。

「でも、クロエもできるだろ?」
「できるけどさ…俺はオンオフできるよ。この部屋では、しない」
「器用だな」
「慣れだよ、ただの」

クロエはつまらなそうに手を振った。クロエは俺より製造年がちょっと早い。だから俺よりちょっと――こなれている。

「で、クロエ。わざわざ寝てる子を起こして、何がご用?」
「お前、時計見て言ってるか?」

クロエが自分の腕時計を外して俺に放って寄越した。俺は先週壊してしまって、今ないのだ。クロエは歪に笑った。

「……ユーゴ、何時だった?」
「時計が、…壊れてる?」
「だったら良かったのに…」
「まじか」
「さっさと支度しろ!!何回起こしたと思ってる!?」

クロエは俺から時計を引ったくると、どたどたと荒々しく床を踏み締め部屋を出ていく。

「クロエ!裏切り者!」
「遅刻コンビなんてアダ名はもう真っ平なんだよ!」
「諦めろよ!お似合いだよ!」
「黙れえええええ!!!!!」

…クロエは本当に先に行ってしまった。俺はクロエへ呪詛を吐きながら、ベッドの足元へ揃えてある軍靴へ足を突っ込んだ。寝間着を脱ぎ捨ててパンツ一丁に軍靴と言う微妙なファッションになってから、壁に掛けてある軍服を着て帽子を掴み、銃をホルスターに、ナイフをポケットに入れる。
それでやっと、ユーゴ軍人の完成だ。軍服のボタンを留める暇も惜しんで、俺は部屋を飛び出した。



『おはようございます!』

男たちは軍人らしい揃った動作で、その人物へ敬礼した。
場所は食堂だ。
食堂では毎朝、朝食前に朝礼が行われる。勿論、朝礼に参加しなければ朝食にはありつけないワケで、もし遅れれば朝の軍事行動を空腹で過ごさねばならない。クロエは敬礼しながら、内心安堵に胸を撫で下ろしていた。

「おはよう」

赤毛の上官はいつものようににこやかに返した。名前は如月エズラと言い、齢は今年で32。この大隊唯一の遺伝子ナシだ。ちなみに赤毛は地毛でなく染髪。戦場で目立ちたくてやってるらしい。思惑通り目立つ目立つ――なんて思って眺めていると、エズラ上官が突然こちらを見た。上官は興味深そうに目を細めた。

「クロエ」
「はい、上官」
「遅刻コンビは解散か」
「はい、上官」
「そうか、可哀想に」

言葉に反して、上官は喉を鳴らして笑った。つられるように、軍人たちが忍び笑いをする。
クロエとユーゴの遅刻コンビ――と言うかユーゴの遅刻にクロエが巻き込まれていること――は、この大隊で知れ渡っていた。
ユーゴはとんでもなく朝が弱いのだ。呼んでも呼んでも起きないから仕方なく揺すって起こそうとして、毎朝クロエは殺されかけている。勿論クロエは何度も部屋替えを要求し、何度か替えてもらいもしたが、その数日後にはユーゴの新しい同室者が泣き付いてくる。

同室は原則二人ずつで、二人は連帯責任を負わされる。

だから今日クロエだけが間に合ったところで、遅刻の責任はクロエも負わされるのだが。


「クロエ。そんなに嫌なら俺が引き取ってやろうか」
「はあ?――……っと!すいません上官!はい、どうしてでありますか」
「真面目だな。俺は多少砕けられても構わんのだが。あの五月蝿いのがいたら、毎朝中々面白そうではないか?」
「はい、そんなことはありません上官。上官は彼奴の寝覚めの悪さを知らないから言えるのであります!」
「お前は毎朝殺されかけているらしいな?とんだじゃじゃ馬だ」

上官はまた喉をくくっと鳴らすと、「まあ良い」と言葉を切った。

「とにかく戦況を。大隊長」
「はい、上官」

促されて、上官の最も近くの席に座る男が声を上げた。

「昨日の交戦で味方に負傷者六名を出し、そのうち軽傷が四名。明後日には復帰できます。残りの二名も二週間ほどで癒えるとのことです」
「まずまずだな」

上官はつまらなそうに言った。

「して、今日は」
「総司令部からの命令は『待機』です。いつもの通りに、陣地の警備をしっかり行えと」
「つまらん。だが心得た。お前たちも良いな?」

上官の軍隊は敬礼のみで応えた。この大隊の名義の上での責任者は大隊長のマキナだが、実質上は監督官として赴任しているエズラが握っている。マキナには面白くないんじゃないだろうかとクロエは思うが、マキナはそんなことおくびにも出さないから誰にも判らない。

「ならば良い。各自朝食にしろ」

そう言うと上官がまず朝食に口を付けた。クロエも朝食に口を付けながら、こっそりとマキナを伺った。マキナは機械的な動きで食事を口に運んでいた。我らが大隊長殿は感情を持たない、と言うのは大隊内の専らの噂だ。

機械の王、機械の中の機械、『マキナ』は『マキナ』にとってぴったりすぎる名前と言えるだろう。…誰が付けたか知らないが、悪趣味だ。クロエは箸を咥えたまま息を吐いた。


「…クロエ」
「は?」
「ここだよ、クロエ」

言葉と共に、クロエは突然足に圧迫感を覚えた。声はテーブルの下からするようだった。クロエは回りを見回して、人の目がこちらに向いていないのを確認してから、半ば呆れながらテーブルクロスを捲った。すると案の定、そこにはユーゴがいた。

「裏切り者。飯くれ」
「俺が腹減るだろ」
「血も涙もねえやつだな!俺と同室になったのがまず運のツキなんだよ!」
「……だよなあ」
「あーん」

ユーゴはクロエの足の間に入ると、その膝に顎を乗せ口を開いた。

「気持ち悪…」
「誉めんなよ」

愉しそうに笑ったユーゴの口へ、諦めと共にクロエは箸を突っ込んでやった。雛を育てる親鳥みたいだ。

「不味いなこれ」
「じゃあもっと食え」
「最悪…まあこの際、腹に貯まればなんでもいいや」

ユーゴの歯が時々箸に当たる度、クロエは何とも言えない気持ちになった。こいつ子供みたいなピンクの舌だな、とかどうでも良いことに気付く。ユーゴがぺろっと唇を舐めた。

「こんなもんでいいや。ごちそーさん」
「足りるか?」
「足りるワケねーだろ馬鹿野郎。クロエが飯にありつけないと可哀想だから、こんぐらいで勘弁してやる」

そう言うとユーゴは地面に這いつくばって、出口へと這って行った。行きもそうやって来たのか…器用な奴。クロエは薄く笑うと食事を再開した。