やがて始まった朝礼で、クロエが話しているのももう見慣れた。真面目に各地の戦況報告をしたかと思えば、笑い混じりに昨日、迷い込んできた敵の航空機が、こちらのジャミングに通信機能を狂わされてあえなく墜落したと言う話。

「まさかそんな奴いないと思うけど、気が違ってもこの一帯で電子機器を積んだもの――航空機とか戦車とか、自動車だかジープだかに乗るなよ?そんな前世代の遺物に。どこぞの田舎じゃまだ使われてるとか言うけど、この地域じゃ。侵入した瞬間に電磁波で駄目になるからな。必然的にここいらで活動できるのは歩兵だけになるけど、逆に退化してると言われればそれはそれで穿った見方だ。…まあ、嬉しいことにか何なのか、俺たちは兵士じゃない――殺人鬼だ。有難いと言えばそうだよなあ」

視線を感じたのは丁度話の切れ目でだった。クロエを眺めていた背中に、ふと射るような視線を感じた。
――誰だ。クロエは視線上に。エズラはそのすぐ側に。アカルは隣に。振り返った――

「…マキナ」

呟きは、誰にも聞こえなかったろうと思う。マキナを見掛けたのは本当に久しぶりだった。エズラとマキナの会話に気まずく遭遇し、その背中を見送って以来だろう。帽子を深く被って、離れた席に座っているが見間違えるわけがない。マキナは俺と暫く視線を絡めていたが、やがて興味を無くしたように逸らした。何だよって聞きたいけれど遠すぎた。しょうがないから俺も体を前に戻し、しかし視線の意味を考えている。――その視線は。

怒っているようにも見えた。しかしただ単に怒っている風でもなく、ひどく冷めているようでもあった…諦めたように、決心しているように。

「…それじゃ、今朝はここまで」

エズラの言葉で、静かだった食堂に喧騒が戻ってくる。振り返れば、マキナはもう席を立つところだった。慌てて腰を上げかけ――シャツの袖を引かれてつんのめった。

「…アカル!」
「まあ飯でも食えよ」
「俺は――」
「まあまあ」
「おい!」

力任せに引っ張ったが、アカルの手はまるで鍵爪みたいにがっちりと食い込んでいて離れない。それどころかアカルは俺の肩に手を掛けると、まあ座れって、と無理矢理に座らせすらした。

「あのな――」

俺はアカルに肩を抱かれたまま、首だけで振り返った。するとマキナはまだそこにいる。ほっと息を吐いたのも刹那、また腰を上げかけて――マキナが誰かと話しているのに気付いた。

「……ぇ」

上げかけた腰を、またアカルに肩を押されて落とされる。見ている間に、マキナはそいつに連れられて食堂を出ていった。見回せば、その二人を目で追っているのは俺だけではなかった。珍しい組み合わせを、俺以外の何人もが見つめている。

『前』大隊長と『現』大隊長。
――クロエ。

クロエが就任する前でも見なかった組み合わせだった。

「……積もる話もあるだろうから、ほっといてやれよ」

声の方を向けば、隣のアカルが詰まらなそうに顎をしゃくっている。確かに、部外者に聞かれたい話じゃないのかもしれない。

「…ああ」

頷いて、箸を握ればアカルも同じようにした。アカルはこれで意外に行儀が良く、姿勢なんか下手したら俺より良い。昔、興味本位で訊ねた時、アカルは『親の教育が良かったんだ』と言っていたっけ。アカルの親は殺人鬼だが、アカルに言わせるなら子供想いの良い親だったらしい。
それが、アカルが警察に保護されてから、アカルの両親が捕まるまでの凄惨な出来事を引き起こしたと言えばそうなのかもしれない…

何を言うでもなくじっと見つめていると、なに、とばかりにアカルが視線を向けてきた。
いや何も、と否定しようと思ったが、アカルは箸を置いてもう聞く体勢になっている。――そう言えば、聞いてみたいことがあったんだ。

「なあ、アカル」
「何」
「…クロエが大隊長になった時、何で怒ったんだ?」
「今聞くか?」

アカルはつまらなそうに唇を曲げた。…これこそ、部外者が口を挟むべきことじゃなかったか。「やっぱいいよ」と言いかけたところで、アカルが構わないとばかりに手で止めた。

「だって俺次席じゃん?俺飛ばしてクロエって、なんだよ」
「ああ……」

言われてみればそれもそうか。

「それは、嫌かも」
「だろ?」

アカルは肩を竦めてみせると、話を切り上げるように箸を持ち上げた。納得して、俺も食事に集中しようとばかりに箸を持ち上げたが―――どこか腑に落ちない。横目でこっそり窺がったアカルの様子にも、どこも不審なところはないが。

と言うのも、アカルはそんな地位に拘るようなタイプではないように思うからだった。大隊長に任命されたところで、『めんどくさい』と逃げてしまうように思える。じゃあアカルはあの時、何で怒ったんだ、って訊かれても俺には何も言えないんだが。