「……腹、減ったな」
応えるように腹が鳴って、俺は尚更虚しくなった。
「クロエ、雲がケーキの形に見えるの」
「黙れよ…お前は乙女か」
「俺が女に見えるなら、お前は相当溜まってる」
「セクハラオヤジだったな。悪かった」
「ピチピチだろうがふざけんなおっさん…」
「大して変わらんくせにごちゃごちゃ言ってんじゃねえ……くそ、腹減った」
そして示し合わせたように、俺たちは同時に溜め息を吐いた。今は展望台の上。敵地に動きがないか、二人して双眼鏡で見守っている。
「しかしこの2*世紀によォ、双眼鏡ってアホか。人工衛星かG**gleE**th使え」
「人工衛星は知らねえけどよ、G**gleE**thは無理だろ。そもそもニホンのじゃねえし…」
「あー……はいはい。くそ、双眼鏡爆発しろ」
「お前がマサイ族並みの視力を持ってるならどーぞ?」
「死ねクロエ」
「くたばれユーゴ」
悪態を吐いても腹は減る。無益な争いが虚しくなって、俺は改めて敵地に目を凝らした。きっと敵方もどこかから、こちらを見てるのだろうと思う。
「……馬鹿みてえ」
思わず溢した本音に、弾かれたようにクロエが顔を上げた。何か言い掛けたクロエを、そうじゃなくてと手で抑える。
「俺たちはこの国を強化するために造られたって言うのにさ……」
ここまで言っただけで、クロエは俺の言わんとするところが判ったようだった。薄い唇を苦笑の形に歪めて、小さく息を吐いた。
「人間って残酷だよな。機械で良かったよ」
クロエがそう呟いたきり、俺たちの間には沈黙が落ちた。
俺たちが生まれてすぐから殺人鬼であることとまた別に、俺たちが人間様から疎まれる理由――
それは俺たちの存在が、この戦争の引き金であることだ。
国安法が成立して数年の間は、#4は興味深いものとして世界から見られた。しかしその力が認められ始めると――……世界は一転して掌を返した。
『殺人鬼を子飼いにするキ〇ガイ国家なんて気味が悪い。』
その不信感は更なる不信感を呼ぶ。ギリギリで均衡を保っていた条約――例えば領土条約や基地条約――も次々と破綻した。
各国との敵対ムードは徐々に高まり、今年の元旦、ニホンと世界は満を辞し、めでたく開戦した。かつての戦時を真似た、徹底した軍国主義。四面楚歌まで真似なくて良いだろうに……
だから俺たちは《敵国=世界》と同じくらい、もしかしたらそれ以上に国民から嫌われている。それなのに矛盾したことに、その最前線に立ち、国防の要を担うのは俺たち#4なのだ……馬鹿らしい。本当にふざけてる。
スカッとすることが欲しくて、俺は双眼鏡を覗き込んだ――動きはない。奥歯を噛んで双眼鏡を離そうとした瞬間、レンズの向こうが真っ暗になった。ぎょっとして慌てて双眼鏡を覗き直すと、背後から笑い声が響いてきた。はっとして振り返り、…俺は溜め息を吐いた。
「……アカル。クロエも、止めろ」
「俺が止めて、こいつが聞くかよ」
「……それもそうか」
「俺が聞き分けないみたいな、やめてくれる?」
アカルはわざとらしく溜め息を吐いた。俺は背中にぴったり引っ付いて、後ろからレンズを塞いでいたアカルを振り払って振り返る。頭一つ分上からアカルが敬礼して、俺はアカルに双眼鏡を差し出した。スメラギアカル、うちの舞台の切り込み隊長。
交戦の理由を見付けられないまま、交代時間だ。
昼食時、何故かマキナ大隊長が隣に座った。これには俺も驚いたが、それよりクロエが、そしてエズラが驚いていた。勿論他の軍人たちも。
「あー…っと?」
非常に、反応に困った。しかし大隊長はどこ吹く風でいつもの無表情だった。じっと見守っていると、大隊長が口を開いた。
「遅刻は良くない」
「……はあ」
大隊長に話し掛けられるのは初めてだ、と俺は場違いに感動した。「でも」と大隊長は言葉を続ける。
「不正はもっと良くない」
「…………」
「朝のあれは、良くないことだ。規律が乱れれば、死に繋がる」
「またぶっ飛びましたね…風が――」
「"風が吹いたら桶屋が儲かる"?」
「そう。みたいだなって」
「なら判るだろう?もうするな」
いつの間にか食事を終えていた大隊長が席を立った。去り際に大隊長はクロエを見て、「君も」と呟く。その背を見送ってから、俺は逆隣のクロエを見やった。
「さすが『マキナ』…なんでわかったんだ?」
「あの人の目は赤外線でも搭載してるのか?あーくそ、ユーゴのせいで恥かいた」
「悪かったよ…また埋め合わせる」
「煙草カートンで」
「アホ。3つくらいにまけろ」
「7」
「4」
「5だな」
「この商売上手!」
「もっと誉めろ」
クロエはにやっと笑うと、手始めとばかりにユーゴのポケットから煙草を抜き取った。
「馬鹿それ開けさし…!」
「これと五箱な?」
「くそお……」
「ごちそーさん」
クロエは茶化すように言って、ポケットに煙草を捩じ込んで出ていった。追いかけて奪い返そうかとも思ったが、如何せん食事がまだ済んでなかったので断腸の気持ちで諦める。
「ユーゴ」
がたん、と音がして、誰かが先ほどまでクロエが座っていた席に座った。箸を咥えたまま振り向くとエズラだった。
「マキナは何だって?」
「怒られちゃった」
「ほう。可哀想に」
エズラが手を伸ばしてきて、犬の頭でも撫でるように俺の頭を撫でた。俺のことを何だと思ってるのだか。相変わらず。
「子供扱いすんなよーもう21だぜ?」
「幾つになろうが俺はお前の親父だろうが」
「名付け親ごときがえっらそうに」
「お前の世界にたった一人のゴッドファーザーさ」
「このおっさんは…」
エズラは終いに俺の頭を軽く叩いて席を立った。俺はまだ箸を咥えたままエズラを見上げる。
「何かあったら言うんだぞ」
「はいパパ」
「それと、マキナには気を付けることだ」
「は……?」
エズラは困ったような弱ったような笑みを浮かべる。
「彼奴は『マキナ』だからな。何を考えているのか…」
「…………」
マキナ。殺人機械。遺伝子ナシのエズラに言われるとどうも、自分たちのことを総じて貶されたような気がして嫌な気分になった。
「俺だって『マキナ』だぜ?」
だからって、何で俺がマキナを庇ってるんだか。エズラは小さく瞠目したが、俺の方が驚いていた。エズラは申し訳無そうに笑った。
「……悪気はなかったんだが。すまない」
「いや、大丈夫だ」
「そうか……そろそろ、失礼する」
「おお。頑張ってパパ」
「了解マイスイート」
そう言って軍用コートを翻して出ていったエズラを見送る。食事を再開しながら、エズラが誰かを酷く言うのは珍しいと気付いた。やっぱり何か確執があるのかなあと考えながら不味い飯を食った。