「ユーゴ、付き合わんか」
「はあ?」
どこかで聞いた台詞だと思ったら、つい先日、俺がマキナに言った台詞だった。しかし今言ったのは俺ではない。俺の上官でゴッドファーザーの、如月エズラだ。
「いや、あの、エズラ……いや、ねーよ。嫌味?」
「何のことだかさっぱりわからん」
「…………」
俺がマキナについうっかり、レイプ未遂をしてから数日が経っていた。
あの後、生娘のようにマキナが逃げ去ってから、俺はマキナと全く話していない。何か言わねばならぬのだろうけど、何を言っていいか全くわからなかった……
俺はあの事を誰にも言っていないし、マキナもそのようだった。しかし地獄耳のエズラのことだ。もしかしたらどこかから……
「拷問に付き合わんかと言っている」
「は?」
「嫌か」
「あ、ああ……嫌じゃないけど、何で?」
うおう。近親相姦フラグかと思ったぜ!
エズラは困ったように頭を掻いた。
「拷問は二人以上で行うのが普通だが、誰も付き合ってくれんのだ」
「はあ。忙しいんじゃねえ?」
「だろうか…」
エズラは深々と溜め息を吐いた。
先日の迎撃以来また交戦もないのに、一体何やってんだかみんな。
「で、お前なら付き合ってくれるかと思ってな」
「いーよ別に。つい先日の交戦の?」
「有難い。ああ、その通りだ――では早速」
いきなりエズラに手を引っ張られて、俺はつんのめった。
「今からか!?」
「そうだ」
「俺の仕事は?」
「クロエにでもやらせておけ。ここでは俺が法律だ」
ふと頭にクロエとマキナ両方が過った。なんとなく二人を裏切っているような罪悪感を覚え、しかしすぐに何を馬鹿な、と思い返した。
「ユーゴはただ見ていればいい。ただ俺が不正しないように」
「はいはい」
エズラに引きずられるままに、地下室への階段を下りる。捕虜は色々で匂うので、地下室に押し込めるのが基本だ。
階段を下りるほどに、湿気と異臭が増して行った。
エズラの入った牢には、二人の男が芋虫のように転がされていた。食事の世話も糞尿の世話もされていなかったのだろう、男たちは痩せこけていて、酷く臭った。元は美しかったろう色素の薄い髪も、血や埃で薄汚れている。
「おはよう。ハロー。グーテンモルゲン。ボンジュール。ボンジョルノ。ニーハオ」
思い付く限りの挨拶で、エズラがにこやかに挨拶した。しかし敵兵はエズラを睨み付けるだけ。エズラは肩を竦めた。
「まあハナから友好的な態度など期待していないがな…ユーゴ」
「ん?」
エズラに手招きされて、俺はエズラに近付いた。エズラがコートの中に手を入れて、ペンチを取り出した。それを見て捕虜たちが眉を潜める。
「お前たちに情けをかけて、今日の作業行程を説明してやろう。見ての通り、最初はオーソドックスに爪からだ。――ああ、ニホン語はわかるか?」
「死ね」
「わかる、と」
エズラは捕虜の呪詛をあっさり聞き流して、「持ってろ」と俺にペンチを持たせる。次に取り出したのはプラスチックのケースで、開くと長い針が何本も入っていた。
「爪の生え際に刺す。わかりやすい拷問で嬉しいだろう」
そしてそれもエズラは俺に渡した。小振りのハンマーも取り出して俺に渡す。
「次に指を潰す。それから指を切り落とし、鼻と耳を削ぐ。目玉を抉ったら、――去勢する。痛いらしいぞ?それから腕を寸刻みに切り落として、次に脚。それから髪を燃やせば、立派な人豚の完成だ。勿論ショック死しないように優しくするし――ほら」
エズラはコートのポケットから、透明な液体の入った小瓶を取り出した。エズラはそれを振って捕虜に見せると、蕩けるような笑みを浮かべた。
「気付け薬もあるから、好きなだけ気絶しろ?ちなみに両方死んでも俺たちは全く困らん。死にたくなったら舌を噛めよ?お前たちにそんな忠誠心があればだがな……さて、始めようか。ユーゴ」
「はあ?」
「どっちからしたい?」
「俺が決めんの…」
俺はエズラに渡された道具を抱えたまま、捕虜二人を見比べた。目が合うと二人が微かに怯えたのを、俺は見逃さなかった。
「どっちが上官?」
「右だな」
「じゃあ左」
「どうして?」
「上官の方が色々知ってるんじゃねえの」
「部下の方が詳しい場合もあるな」
「なんだよ…じゃあどっちでもいいだろ!お前の好きな方にしろよ」
「どっちでもいいから選ばせてやるって言ってるんだろうが。左だな」
エズラは俺からペンチを受け取ると、左の捕虜へ歩み寄った。そして捕虜の側に膝をついて、その手を取った。
「てきぱき行こうか」
言葉と重なるようにピリッとシールを剥ぐような音がした。捕虜がぐっと息を詰める。エズラは笑って、次の爪を挟んだ。
「一枚くらいどうってことないよなァ。はい二枚。…よっと、三枚。四、…枚。五枚…っと。あっと言う間に片手が終わってしまった。良く堪えるな」
エズラは妙に嬉しそうだった。エズラはもう片方の手も取って、鼻歌でも歌いそうな上機嫌でまた、爪を剥いだ。
「…はい、終了。おいおいトリップしてんなよ。起きろ。そんなに悦かったか?」
捕虜は虚ろな目をして、唾液と鼻水を垂れ流していた。失禁もしているらしく、その尿の臭いに俺は眉を潜めた。エズラがすっと立ち上がって――まるでボールでも蹴るように――捕虜の頭を強かに蹴り飛ばした。
「起きろと言ってるだろう低脳。こんなに早くから気付け薬を使ったら、…上官殿の分が残らないだろう?はは、は――」
「この、キ〇ガイがッ!!!」
「……あ?」
声を上げたのは上官殿だった。エズラは捕虜の頭を踏みつけたまま、エズラを睨めつける上官殿を見下ろした。
「キリングマシーンめ…地獄に落ちろ」
「地獄ね。お前らの今の状況より、もっと酷い状況を想像できるのか?余裕だな」
「その汚い足をさっさと退けろ!」
「随分庇うじゃないか。……ああ、こいつお前のスケか?お前の目の前でこいつを犯してやろうか。――なんてな。誰がお前の突っ込んだ汚い穴に突っ込むか。それくらいなら馬の方がまだましだ」
エズラが手を差し出したので、俺はその手に針のケースを乗せてやった。エズラは再び屈み込むと、捕虜の爪の無くなった手を取る。
「――やめろ!」
エズラは聞かない。捕虜の悲痛な二重奏が牢屋に響く。長い針はまるで悪趣味なオブジェのように、爪の生え際から貫通して、指の腹から突き出ていた。エズラは捕虜の悲鳴も上官の懇願も聞き流して、片手の作業を全て終わらせた。捕虜の指先が陸に上がった魚のように、びくびくと痙攣している。
「そろそろ、俺と仲良くしたくなってきたのではないか?上官殿」
「ぐ……っ」
「俺とて人非人ではないから、友人とは仲良くしたいと思っているよ。俺と友人にならないか?」
「なれば、解放してくれるのか」
「なってくれないことには何とも言えんな。友情を示してくれれば、できる範囲で応えよう」
躊躇う上官殿の眼前に、エズラは捕虜の針刺しになった手を突き付けた。上官殿がぎょっと仰け反る。エズラは親しげに笑って立ち上がると、上官殿の眼前に、次は自分の軍靴を履いた足を差し出した。さっき捕虜を踏みつけていた方の足だ。
「俺と友人になりたいなら舐めろ。さっき気色悪いものを踏んでしまってなァ。綺麗にしてくれよ。俺たち、友達なんだろう?」
「ハンマーも気付け薬も要らなかったな…」
牢屋を出たエズラが、うーんと伸びをした。
「最近の軍人はタマ無し野郎ばっかりだ。昔はもっと堪えたように思うがな」
「……エズラ」
「何だ」
あの後エズラは上官殿に、本当に靴を舐めさせた。そして二人のプライドやらを完璧に折った後、詰問を違う軍人に変わってもらったのだった。
「なんで、俺を付き合わせた?……誰も付き合ってくれなかったってアレ、嘘だろ?」
上官命令は絶対なのだから、エズラが命令すれば誰も仕事を放り出し付き合わされただろう。
詰問をする軍人が、牢屋を出てすぐのところで待っていたのも不審だった。
エズラは悪戯のバレた子供のように笑った。
「そうだよ。お前を付き合わせたかったんだ」
「……なんで?」
「お前が俺を、舐めてかかってるからだ」
「は?」
「ユーゴ」
エズラは廊下の真ん中で、ぴたりと足を止めた。ちょうど廊下には誰もいなかった。その背にぶつかりそうになった俺を、エズラが振り返って抱き止めた。思わず瞠目していると、耳元にエズラが唇を寄せてきた。
「…マキナに近付くなと言ったろう」
「え――?て言うかアンタ、やっぱ知って…」
「マキナに関わるな。上官命令だ」
「何で…」
「嫉妬だ。笑え」
エズラは愉しそうに笑い、俺の耳に思い切り噛み付いてきた。痛みに皺を寄せた眉間を指先で撫でて、エズラは俺を解放する。
「マキナで遊ぶな。判ったな?」
「…意味、わかんねえ……」
「破ったらお仕置きだ。それじゃ、マイサン。またな」
ウインク一つ残して、エズラは背を向け去っていった。俺はウインクを払ってエズラの背を見つめる。
「なんで知ってんだあの野郎……お仕置きってなんだよ」
俺は深々と溜め息を吐くと、自分の部屋へ足を向けた。