一度身体を許せば、全ては春の夢のように雪崩た。
ただ一つのもののために全てを捨てさせられた。それでも当の本人は、光栄だろうと澄ましているから救えない。
おれがいるからいいだろうよ。強欲な奴だな、それでも神父か?
『――いや、その方がいいのか?ならば望め、挑めよ。愚かにも、身に余る大望を抱いて見せよ。
さあ―――呼べ、喚べよ。我は貴様の…』
かのひとを*したその果てで、掌にこびりついていた血の一滴を。
ああなんて可哀想なんだろう?不憫なんだろ?悔しかったか?怨むだろうか?願ったか?
貴方のことは嫌いではなかった。私がもしも真っ当だったら、好きになって然るべきだった。
――しかし真っ当ではなかったから、嫉む他なかったのだ。
ねぇそれをくださいませんこと?貴方には過ぎた長物でしょうよ。見てましたから、わかります。
「重いでしょう。御持ちします」
手を差し出すと、師はきょとんとした顔をした。そんな顔をすると、師は歳よりもずっと幼く見えた。
「ああ…」師は、苦笑いを浮かべる。
「いや、これくらいはね」
「いいえ」
有無を言わせず奪うと、師は、少し眉を寄せてから、ありがとうと言った。
「師匠の肉は美味かったか?」
我が物顔のアーチャーは、寝所に姦しく囀ずる。
「下品なことを言うな」
「下品なことをしておいて言いおるわ。悪趣味なこと」
「悪趣味は貴様だろうよ」
「褒めるなよ。…さあ、綺礼」
「興が乗らん」
「乗せてやる。我自ら、な?さすればとっくと聴かせよ」
「何を?」
「トボけるなよ?ホウけてみせろ…ふ、はは」
…ギルガメッシュの舌が、口蓋を這い回る。
強盗に入られたように荒された室内で、ギルガメッシュだけがいつも通りにすましていた。
寝台はワインでしとどに濡れ、枕は羽毛の臓物を吐き。ワインの破片で掌を切った。
「人みたいに、妬くな」「人だよ。<餓鬼>」
金の睫毛にびっしりと縁取られた瞳は、ワインとも血とも違う赤だ。乳のように白い肌に、睫毛が影を落とす。
汗ばんだおぞましい指先が、私の指先に触れてロマンティックなことを言った。
『皮なんてあって良いことないのになァ』
いややっぱり下品だ。
?
屍肉の山に腰を下ろして、尚、と王は嗤う。もっとちょうだァい。もっと奥まで、ねェ。
獅子の獰猛さと狐の狡猾さを以て。私を操らんとする王に、応、それならば乗ってやる。
「…『主、イエスは不幸だった』」
ギルガメッシュは伏せていた目蓋を開けた。まだ眠そうな瞳の焦点がやっと私の上に合って、アァ、と掠れた声を出した。
「ならば貴様も不幸に成らずば、聖職者とは言えぬなァ…」
「まだ足りんか」
「妻と師二人ぐらいじゃア…足りんなァ。子でも成して殺せばどうだ」
「息子がイエスで、娘がマリアだったら?」
「世界と心中しなさいな」
「お前は?」
「そうだなァ…」
ギルガメッシュは寝台の上、ごろりと寝返りを打った。私に付けさせた痕を痒そうに爪で掻いて。
生々しい吐息で空々しい詞をにたりと吐いて見せた。
―――お前の世界が終わるまで、側に居てやる。
「…と言うのは?」
「結構だ」
「不満か?」
「概ね」
「理由は」
「考えろ」
「つれないなァ…」
寝台の上に身を起こして、ギルガメッシュを見下ろした。ギルガメッシュの白貌に私の影が落ちる。するとギルガメッシュは呆れたような笑みを崩し―――メシアのような顔をした。
そしていつもの儀式をした。この時ばかりは本当に、彼をいとおしいと思うのだ。ギルガメッシュもそれが判って、させる。
愛のあるセックスに似ているだろう。可哀想な彼と、頭の可哀想な私。
殺すつもりで、彼が気絶するまで、首を絞める。
目を剥いても泡を吹いてもその指先が私の腕を血塗れに引っ掻いてもやめない。
これが私の愛だよ。
無意識の痙攣すらもいとおしい。私の愛で死ね。
「お前は私の…」
?
「……ァ"、手加減を知らない奴だな貴様は」
ギルガメッシュは真っ赤な首筋を、合わない手形で撫で擦った。
「死なんのだから、良いだろう」
「徹底的にはな。だが死ぬ。我が死んだら、お前も終わるぞ?」
「また替わりを見付けるさ」
「またまた」
ギルガメッシュは何故か嬉しそうに笑い、欠けたグラスに口を付けた。「何が可笑しい」と訊けば、いやァと茶を濁す。ワインだが。
嚥下する首筋をまた縊りたい衝動を呑み込んで、続く言葉を待った。焦れる間。そしてギルガメッシュはグラスを放り出した。
「妻と、師とに並べるならば光栄だ。奴隷風情でも」「ほう」「独りで死ぬのは淋しいか?」「さあな」「どうだか…」
生々しい汗と汁とワインの匂いが鼻を突いた。伸ばされた指先の異臭。指の股が微かに光っている。塩辛いような、青臭いような。
指の味もした。この上なくうつくしい貌をした魔性。――悪魔め。
「貴様も、ソレでロマンチストだ」「――なんだと?」
「それでもう少し素直なら我好みだな。言葉は余る方がいい」「お前は姦しすぎる」
「木偶など抱いて楽しいか?我にしておけ」「悪魔」「色っぽいことも言えるではないか?」「……」「ふ、くく…」
指と唇とを繋ぐ銀糸を切った――かと思えば、ギルガメッシュはその掌を私の首筋に押し付けた。
その指の一本一本が、ひとふりのナイフよりも危険なことは解っている。が、逃げ用も逃げ要もないなら。
私のサーヴァントは焦らすのがお気に入りだ。無茶苦茶にしてやりたいくらいにいつだって焦らされる。
―――ええい。いい加減にしないか。
致命的な詞を吐け。世界を愛したくなるような・徹底的な祝詞を挙げよ。半分でも神だと言うなら、私にそれを与えてみせろ。
、、、、、、、、、、
「わたししんでもいいわ?」
「嘘を吐け」