「失礼なようだが――君はジャパニーズか?」
「ちげえよルキーノ。こいつァアメリカン。中国系だ」
「…ジャン、お前に訊いてるんじゃない。俺はこいつにだな――」
「ハイハイ、悪かった悪かった口を挟んで。お前もいい加減ガイジン嫌い治せよなー…――ベルナルド」
「はい、ボス?」
「お前から詳細頼む。ジュリオ?」
「はい……――ジャンさん」
「ドア閉めて?あと椅子引いてやって?どうもビビっちまってるようだからサ」

そう言ってカポは、我らがボス、ジャンカルロ・ブルボン・デル・モンテはニヤリと笑った。
俺は今更になって――今日、ここに来てしまったことを後悔していた。ボスの背後の壁一面に広がる窓は、雨にけぶるデイバンの街を切り取っている。まるで俺の前途を示すよう。

「あー、どうも」
「――ボスの命令ですから」
「………あ、はい」

俺は引かれるままに、椅子に腰を下ろした。それを見届けて、ボスにジュリオと呼ばれた男が元々座っていた席に帰る。絵本の中から出てきたような王子様顔だ――そうだ、ジュリオ・ディ・ボンドーネだ。CR5幹部にして、ボンドーネ家の当主。

この部屋には今、六人の人間がいた。そしてこの部屋は、まるで面接室のような呈をしている。十数年前、一瞬通ったミドルスクールを思い出してより鬱々とした気分になる。



部屋の真ん中に俺が座っていて、それに対する形で長机があった。天井の灯りを反射して光るそれは、きっと俺の年収何年分にもなるんだろう。
机の真ん中に、俺に相対する形でボス・ジャンカルロ。彼がボスに就任したのはつい先月のことだった。目映い金髪と、飄々とした雰囲気。彼の『ラッキー』の武勇伝は、下っぱの俺のところまでも届いて来ていた。
その俺から見て右隣には、眼鏡を掛けた長髪の男が座っている。ゆるく笑みを浮かべている氏は、CR5筆頭幹部のベルナルド・オルトラーニだろう。さすがに彼の名前くらいは覚えている。こんなに間近で見たのは初めてだが――
そして更に右隣に腰掛けて、俺に不躾な視線を向けている銀髪の男。他の四人と、何処か違う顔立ちをしているのは彼がアメリカ系だからだ――イヴァン・フィオーレ。CR5幹部最年少で、実力だけで幹部まで上り詰めたやり手。
そしてボスの左隣には、さっきルキーノと呼ばれていた赤髪のロメオ。頬にある傷痕が、女を寄せ付けるのにプラスなのかマイナスなのかは判らない。ルキーノ、――ルキーノ・グレゴレッティか。氏の外人嫌いも最近はなりをひそめつつあると聞くが…
グレゴレッティ氏の更に右隣には、先程のボンドーネ氏が腰掛けていた。


「君は何故今日、ここに呼ばれたか判るかな?」

オルトラーニ氏は愉快そうに言う。この部屋の中で、オルトラーニ氏とボスだけが楽しんでいる――ように見えた。困惑したようなグレゴレッティ氏と、無表情のボンドーネ氏。フィオーレ氏は何か考え込むようにむっつりと押し黙っている。

…ええい、ままよ。俺は潔く首を横に振った。

「何か失礼を?」
「そう訊ねると言うことは、何か後ろ暗い所があるのかな」
「――…そう言う訳では」
「へえ。じゃあ君は何故呼ばれたのだろうね」
「だから……」

判りませんって…――と口に出すよりも早く、ボス・ジャンカルロがオルトラーニ氏の肩を叩いている。



[newpage]「こら、困ってるだろ。あんま虐めてやんなよ」
「ハハ。新人イビりは先輩の特権じゃないか――それに彼が事の外緊張しているようだから、解してやろうかと」
「嘘こけ。楽しんでただろお前性格悪いな――……っと、そんでお前?」

ボスはオルトラーニ氏の肩から手を退けると、俺へと視線を戻した。はい、と返事をするとボスは満足そうに頷く。

「名前は?」
「ルーシー。…ルーシー・ベックフォード」
「スペルは?」
「……L・U・C・Y、B・A・C・K・F・O・R・D」

一体何を訊かれているのか。俺は危ぶみながら答えた。
するとそれが顔に出ていたらしく、ボスはまあ気にするなと笑った。
その視線が俺から離れ、ぐるりと幹部たちを見回す。ボスの視線を受けて、一番最初に口を開いたのは、グレゴレッティ氏だった。
氏は深々と息を吐いて、呆れた顔で俺とボスを交互に見る。しかしボスは愉快げに笑んだままだ。

「アメリカンを指名することには俺も同意したが、――まさか、チャイニーズとはな」
「良いだろ?こんな涼しいのがいても。お前ら顔が濃いんだよ」
「そこが良いんだろうが」
「はいはい…ルーシー、歳は」
「27です」
「若く見えるな。ハイスクールぐらいに見える」
「……だから、お前の顔が濃いんだよルキーノ。アジア系は若く見えるんだってサ」
「若く見えるが、彼は中々優秀だ。CR5に入ったのは去年。イヴァンのとこの若いのを殴り飛ばしてスカウトされたそうだ」
「…と、ベルナルドが言ってるが。どうなんだイヴァン?」
「……本当だ」

フィオーレ氏は忌々しげに吐き捨てた。


「若いのは若いのでも、俺が目を掛けてた奴だった。背もこいつより何インチも高いし、見た目もずっと強そうだってのに――くそ、ファック!!こいつは俺ンとこで使う予定だったんだ!!」
「……お前そんで今日機嫌悪いの?」
「それ意外に何かあんのか!!あーくそ!!ふざけんなよジャン!!一体、誰を指名するのかと思ったらよ――」
「悪い悪い。俺と親父で爺様で決めたんだ。こいつァ適任だってネ。お前に次ぐアメリカンで毛色が違って――何より面白い」
「面白い?」
「そうだ――…ルーシー?」
「はい」
「今朝の出来事を、出来るだけ詳細に話してくれ」
「………はい?」

どうしてここで、俺の今朝の話になるのか。

「今日、遅刻したな。言い訳してみろ。嘘吐けってんじゃないからな」
「…………」
「良いから。言ってみろって」
「……はあ」

俺はちらりと、壁掛け時計に目を向けた。今は昼の3時。そもそもの約束の時間は2時だったが――とても、間に合わなかった。

「家がここから一時間ぐらいのところにあるので、支度も含めて10時には起きようと思っていました。けど、今日に限って目覚まし時計が鳴らなくて起きたら12時で、慌てて家を出たら傘を忘れて、バスに乗ったら雨で遅れて、最寄りのバス停からここに来る途中で財布を落としました」
「他には?」
「……久々にスーツを着たら、虫に食われてました」
「ツいてないな?」
「まあ、はい」

生まれてこの方、ツいていたことなんかないような気がする。ツいているんなら、俺はそもそもここにはいない。うっかり殴った相手が――下っぱとは言えマフィアだったなんて。

ボスは俺を見つめてニッと笑った。揶揄するような笑みではない。どこか自慢気にさえ見える――?ボスは肘をついて身を乗り出した。


「ラッキーになりたいと思ったことは?」
「…おいジャン、ホントに良いのか?」
「心配性だなルキーノ。お前も面白いと思ったダロ?――こいつは俺の反対だ。吉と出るか凶と出るか、賭けてみたいな」
「物好きが」
「お前ほどじゃねえよ――アー、ルーシー?」
「はい」

グレゴレッティ氏は、ついに諦めたように目を伏せた。一体何なのかと気になるが、当のボスはどこ吹く風だ。

「ルーシー、俺はお前の何だ」
「ボスです」
「そうだ、Kingだ。お前のKだ、可哀想なLUCYのK。そんでもってLUCKYのKだ――……お前にKEYをくれてやる」
「……はい?」

ボスは勿体振った間を置いた。沈黙が、窓に打ち付ける雨音が聞こえるほどになる。ボスの背中の向こうに見える雨空は、やはり良い天気とは言い難い。濡れた靴下の気持ち悪さを今更思い出す。


「幹部就任、おめでとうルーシー」